「市場主体管理条例」(以下「本条例」といいます。)は、昨年7月27日に公布された条例(中国における「条例」とは、日本のそれとは異なり、国務院が制定・公布する法規範のことであり、法律に次ぐ高いレベルの法規範(行政法規)です。)です。本条例については、既に公布当時に法律事務所等による解説が多数なされていることと思いますが、本年3月1日に施行されることにかんがみ、改めてそのポイントを見ていこうと思います。ただ、筆者が普通の解説を好む性格ではないので、あくまで筆者独自の視点からのポイントとなることについてご了承ください。
1 そもそも「市場主体」とはなんぞや?
これについては、本条例の第2条において「中華人民共和国の国内で営利を目的として経営活動に従事する次に掲げる自然人、法人及び非法人組織をいう。」という定義が存在し、更に続けてその具体例が掲げられています。もっとも、日本企業/日系企業との関係では、「会社(=「会社法」に基づき設立された企業法人)、会社でない企業法人(=「会社法」に基づかず設立される企業法人)及びこれらの分支機構(=いわゆる支店)」並びに「外国企業の分支機構」が含まれている点を押さえておけば十分でしょう。要は、日本企業/日系企業が通常関わる営利を目的とする経済組織は、「市場主体」であるということになります。
2 本条例は、何を規定しているの?
本条例は、その名のとおり、市場主体の登記に関する基本規定です。この点、従来は、会社ならば「会社登記管理条例」、会社でない企業法人には「企業法人登記管理条例」といった具合に市場主体の類型ごとの登記管理条例が存在したのですが、これらをすべて統合させたのが本条例です。それゆえ、従来の各条例は、本条例の施行と共に廃止されます(第55条)。
なお、少し脱線しますが、過去には、会社として設立される外商投資企業(いわゆる外資系企業)に対しては、「会社登記管理条例」と「企業法人登記管理条例」とが重畳的に適用され、かつ、むしろ後者の方が優先的に参照される時代がありました。ところが、「会社登記管理条例」が2006年1月1日に改正施行された時に、同条例の細かい文言の変更に伴い会社として設立された外商投資企業に対しても「会社登記管理条例」のみが適用されるという理解に至ったという経緯があります。筆者は、その当時上海に駐在していましたが、その際の日系企業や法律事務所は解釈をめぐって混乱の様相を呈していました。今となっては懐かしい思い出の1つです。
ともあれ、中国に現地法人を有する会社は、その登記に関する事項について必ずこの規定を参照する必要があることにつきご注意ください。一方、外国企業の駐在員事務所の登記については、本条例にいう「市場主体」には含まれておらず(そもそも、駐在員事務所それ自体には法人格がなく、かつ、建前上営業行為を行わないので支店でもないという理解です。)、引き続き「外国企業常駐代表機構登記管理条例」に従い登記管理がなされます。
3 本条例の施行に伴い何かしなければならないの?
現地法人のほとんどが会社として設立されていることを前提とすれば、条文上、基本的には設立済みの会社について何らかの補充をしなければならないということはないと思われます。ただ、これだけは、実務の要求次第というところもあることにも要注意です。
4 休眠会社化は可能か?
筆者の実務的感覚では実行力はあまりなかったものの、従来の「会社管理条例」においては、業務停止状態が6か月以上継続した場合には、営業許可証の取消が定められていました(「会社登記管理条例」(2016年改正)第67条)。一方、本条例においては、一定の事由が存在する場合における最大3年間の休業(歇业)が認められるものの、決定した期限を徒過してなお休業を続ける場合における具体的な罰則規定がありません。
この点、近時パブリックコメントを求めた本条例の実施細則の草案(同実施細則については、3月1日には発布・施行されると思われますので、注意が必要です。)においては、休業時の手続についての規定が存在するところ、ここにおいては、「休業が3年を超過した場合には経営活動が復活したものとみなす」規定があり、かつ、「経営をしない意向である場合には、法により抹消登記をする」ことを求めていますが、これに反した場合の罰則についてはやや不明確(少なくとも「会社登記管理条例」第67条のような規定が存在しない)であると言わざるを得ません。
この点は、今後の法規及び実務の動向を見るしかないところですが、ひとまずは「3年間は休眠可能、それを超えて休業する場合には抹消登記をする」という基本ルールを押さえておくべきと考えます。
5 どうでもいい知識-市場監督管理部門とは?
本条例において市場主体の登記業務をつかさどるのは市場監督管理部門であり、その中央機関は市場監督管理総局です。
この市場監督管理部門、かつては工商行政部門(工商行政管理局)と言われていたものが近年名称を変更したものです。そして、今では主に会社の登記で言及する場面が多いので、筆者なども「まあ、法務局みたいなものですが」などという説明を便宜的にすることもあります。しかしながら、そのような便宜的な説明は、本当のところ正しくありません。
ここで、市場監督管理部門―工商行政管理部門にかかわる昔の規定を見ていたら、1957年2月28日発布のいくつかの通知が存在し、その中の1つにこのような記載がありましたので、日本語に翻訳して引用します。
「(前略)全業種の公私合弁経営の後、資本主義工・商業の社会主義改造は、既に基本的に完了した。ただし、市場の需給の緊張状況により、手工業及び小規模商業販売に顕著な増加がみられ、あるものは資本主義企業に発展すらしている。市場においては買占め、不正購入並びに小規模商業販売、ブローカー及び行商等の投機的違法行為の活動が不断に出現している。別の面では、各地の調達人員による貨物資源の争奪が相当に厳重である。従って、都市の市場に対する行政管理の強化は、なお十分に必要である。(後略)」
資本主義と社会主義の緊張関係を反映した文言が並んでいるところが当時らしく、毛沢東選集の中の「矛盾論」(ないしはマルクス的な唯物弁証法?)すらをも想起させる論理構成が興味深いところです。ただ、この一文からも、市場監督管理部門-工商行政管理部門の本来的な役割が「市場における違法行為の取締り」にあったことがお分かりいただけるものと思います。そして、会社を含めた市場主体の登記も市場監督管理部門-工商行政管理部門が担うことになったのも、本来そういう市場の取締りの延長線上に位置づけたからといえるでしょう。
さらに言えば、市場監督管理部門が商標の登録主管部門であり、また、独禁法(反独占法)のうち市場支配的地位の濫用の部分を主管する部門であることも、上記の本来的意義に照らせば割と自然に腑に落ちると思います。
なお、「工商行政管理部門」から「市場監督管理部門」への名称変更が生じたのも、(ある意味毛沢東時代への回帰を志向するかのような習近平政権による)本来的機能の明示にその趣旨があったのではないでしょうか。
それにしても、この時代の法規を読んでいると、多分にイデオロギー的であるものの、問題への取り組みの思考方法の「純粋さ」を感じずにはいられません。わずか60年の間に、中国も大きく変わったのだな、と改めて思いました。
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