グローバル内部通報制度の導入について
弁護士法人GIT法律事務所
Q | グローバル内部通報制度とは何ですか?
「グローバル内部通報制度」(グローバルホットラインとも呼ばれます)とは、海外拠点の役職員が、直接、日本本社の統一的な通報窓口に通報する制度です。
ほとんどの日本の上場企業は日本国内では内部通報制度を整備しています。しかし、海外子会社の役職員が日本本社の統一的な窓口に通報できる制度を導入している企業はまだ少数派です。
たとえば、タイの子会社の従業員がタイ子会社内の内部通報制度を通じて通報するという「現地完結型の海外通報窓口」を設けているケースは多く見受けられます。しかし、日本本社に通報できるわけではないので、「海外通報窓口」にすぎず「グローバル内部通報制度」とは言えません。
Q | なぜ、グローバル内部通報制度を導入しなければならないのですか?
今日、企業不正は多くの場合、内部通報で発覚します。しかし、「現地完結型の内部通報制度」(たとえば、タイ子会社の役職員がタイ現法の窓口に通報できる制度)では、現地拠点の経営陣の関与が疑われる重大な不正に関する情報収集は期待できません。
現地子会社の従業員は現地経営陣からの報復を恐れて通報を躊躇するかもしれません。また、たとえ報復されないとしても現地で適切な調査・公平な処分が行われることを期待できません。
そこで、海外拠点における経営陣の関与が疑われる重要な不正に関して内部通報制度を通じて情報を収集するには、グローバル内部通報制度の導入が不可欠です。特に、贈収賄、独禁法違反、会計不正、利益相反(キックバックを含む)、品質偽装、税務問題等の現地経営陣が関与することも多い現地子会社における不正の発見に有効な手段となります。
この点、欧米系の国際的企業のほとんどはグローバル内部通報制度を導入していますが、日本の大手企業は積極的に海外進出しているにもかかわらず、この制度を導入していません。これは、日本企業のコンプライアンス制度における大きな「GAP」と言えます。
デロイトの2017年調査(約200社に調査)
・ 99%が国内内部通報窓口を設置
・ 61%が海外窓口を設置
・ グローバル内部通報制度については、71%が単に「検討している」と回答
https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/about-deloitte/articles/news-releases/nr20170731.html
これでは、上場会社の海外子会社管理に求められる内部通報のための適切な体制整備の義務を満たしているとは言えません。
適切な体制整備とは…
上場会社は、その従業員が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報
開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に
検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こ
うした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。
参考:コーポレートガバナンス・コード原則2-5
Q | グローバル内部通報制度を導入するにあたって留意すべき法規制は?
主に、1. 現地法上の個人情報保護法、2. 労働関連法、及び 3. 内部通報制度規制法の遵守が必要です。
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個人情報保護法
日本本社は、現地の役職員のかなりセンシティブな個人情報を収集・処理することとなります。また、現地から日本に「個人情報の国外移転」を行うこととなります。したがって、現地の個人情報保護関連法の遵守が必要です。そのもっとも代表的なものはEU/EEA圏に適用されるGDPRであり、それを遵守する体制構築には一定の労力が必要となります。
この点、以前にグローバル内部通報制度を導入した企業はGDPRの遵守を考慮せずに導入していることも多いので注意が必要です。さらに、現在アジア各国(タイ、シンガポール、中国等)で個人情報保護法制の整備が進められています。また、ロシアでは個人情報を現地サーバーで保管する義務があり、トルコ及びスイスでは現地で当局に届出を行う必要があることも留意が必要です。
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労働関係法
特に欧州各国の現地法において、内部通報制度を導入するにあたり、Works Council(労使協議会)との協議又は合意が要求されている場合があります。ほとんどの場合はWorks Councilとの協議を行えば足りますが、ドイツなどでは合意(codetermination)が要請されますので、導入スケジュールを検討するにおいてその手続に要する期間を考慮しておく必要があります。
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内部通報関連の規制法
様々な現地法があります。たとえば、グローバル内部通報制度に加えて、別途、内部の通報ラインの設置が求められる国があります(オーストラリアのEligible Recipients、イタリアのSupervisory Body等)。また、フランスのSAPIN II法では通報者に対して一定期間内に対応することが要求されています。さらに、ポルトガルなどの国では匿名通報が原則禁止されていたり、一定の通報事項についてのみ内部通報制度の導入が認められているなどの規制があります。このように現地法上、特殊な内部通報制度規制がありますので、それを確認していくことが必要となってきます。
Q | 自社内で内部受付窓口を設けることで対応することは可能ですか?
内部通報制度を導入するにあたり、(1) 自社で独自のWebページ及び専用電話回線を設けて通報を受け付ける方法(内部受付窓口)、及び (2) 内部通報受付会社などに受付を委託する方法(外部受付窓口)があります。
グローバル内部通報制度を導入するにあたっては、(2) 外部受付窓口を選択することが一般的です。
その主な理由は、多言語対応が可能であること、及び通報システムの信頼性にあります。この点、自社の内部受付窓口では、現地語での電話受付はほぼ不可能であり、メール受付の場合であっても通報受付の都度、翻訳会社を探すなどの手間がかかります。また、万一、システムエラーにより重要な通報を受け付けることができなかったり、情報が外部に漏洩した場合、重大な法的問題になりかねません。
したがって、多言語対応が可能であり、セキュリティなどの点も含めてシステムに信頼性がある専門の内部通報受付会社を起用することをお薦めします。
Q | 内部通報受付会社選定のポイントは?
内部通報受付会社には、(1) 米国などに拠点を置くグローバル・ベンダー、及び (2) 日本企業が日本国内の通報について起用してきた外部受付窓口があります。(1) のグローバル・ベンダーには、内部通報受付に特化して事業展開を行う独立系の企業(業界最大手のNAVEX Global等)の他、大手会計事務所系の企業があります。
それぞれ一長一短はありますが、以下のポイントを考慮されて決定されるとよいと存じます。
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多言語対応は十分か(Web受付及び電話受付)
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システムの信頼性(セキュリティ対応を含む)
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GDPRに対応しているか(SCC、Schrems II判決対応)
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グローバル内部通報制度の実績は十分か
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導入・運営コストは合理的か
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サポート体制は満足できるものか
Q | 制度を導入した直後に現地から大量の通報が来たらどうするのですか?
海外の全ての拠点で内部通報制度を導入すれば、海外の拠点から大量の通報が来て、限られた日本の法務コンプライアンス部門のリソースではパンクしてしまうのではないか、という不安を持たれる場合も多いでしょう。しかし、たしかに一定のリソースを割くことは必要ですが、弊事務所の経験上、大量の通報が来るというケースは稀です。しっかりと制度の広報を継続して現地役職員の認知度を確保し、信頼を勝ち取って通報件数を健全なレベルまで伸ばすことの方が重要です。
日本の法務コンプライアンスの担当者が国際的な不正調査などのご経験に自信がない場合には、外部専門家の起用をお薦めします。GIT法律事務所では、通報受付会社が通報を受け付けた場合に、本社の法務コンプライアンスと弊事務所の双方に通知がいく制度にして、弊事務所がリアルタイムで対応策をアドバイスするサービスを提供しています。
通報内容としては、日本と同様、セクハラ・パワハラ案件などの人事関連がほとんどのケースを占めます。日本本社がこれらの件を全て処理する必要はなく、現地の法務コンプライアンス/人事担当に処理を委託することとなります。注意していただきたいのは、このような比較的軽微な案件が多いこと自体は通報制度への信頼性の高さを示すものであり、決して悪いことではないということです。その中に数十件に一件でも重要な通報が含まれていれば、内部通報制度を設けた意味は十分にあるということができます。
Q | グローバル内部通報制度に基づいて海外拠点から通報があった場合に、日本の公益通報者保護法は適用されますか?
2020年6月に公益通報者保護法が改正され(2年以内に施行予定)、事業者に対して必要な体制の整備等(窓口設定、調査、是正措置等)を義務付けるとともに、違反に対する行政指導、刑事罰(罰金)、行政罰(過料)が定められました。
公益通報者保護法は、第1条の目的規定において「国民」(=日本国民)を保護する目的の法律であることを示しているとおり、その適用対象を、日本の労働基準法等が適用される(=日本の事業者に採用され、日本の事業に従事する)「労働者」等に限定しています(同法第2条1項各号)。
したがって、グローバル内部通報制度に基づく通報のうち、海外拠点で採用され海外の事業に従事する労働者等からの通報には、原則として、公益通報者保護法の適用がありません。
ただし、海外拠点で採用され海外の事業に従事する労働者等からの通報であっても、当該通報者に関して、労使間の契約において準拠法を日本法とした場合には、公益通報者保護法が適用される可能性があります。もっとも、この場合であっても、公益通報者保護法の「通報対象事実」は、日本を主な適用範囲とする法令に限定しているため(同法第2条第3号)、通報内容が海外の法令違反に関する事実であれば、公益通報者保護法は適用されません。
Q | グローバル内部通報制度導入のステップは?
基本的な導入のステップは以下のとおりです。
Step 1: グローバル内部通報制度を導入する拠点を確定
Step 2: 内部通報受付会社の選定
Step 3: 規程類の作成、現地法のレビュー、現地語への翻訳
Step 4: 現地法上、要請される届出、Works Councilとの協議などの実施
Step 5: 現地説明会の実施・導入
導入方法の詳細については、お気軽にお問い合わせください。
弊事務所のサポート内容は以下のとおりです。
GIT法律事務著書「グローバル内部通報制度の実務」(中央経済社)でも、より詳しく本制度の導入、運営のための施策を解説しています。
本に関する詳細はこちらをご覧ください。