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タイ:中小事業者に対する支払サイトに関するガイドラインの改正

更新日:2023年7月21日

1 旧ガイドラインの発布


タイにおいて日本の公正取引委員会に相当する取引競争委員会は、中小事業者(「SMEs」)がそのマーケットパワー及びバーゲニングパワーの弱さからしばしば搾取の対象となっている(なお、当該行為は、タイの独禁法に相当する「仏暦2560年(西暦2017年)取引競争法」第57条※1に違反する行為です。)という問題意識の下、2021年5月24日、SMEsが提供する商品及びサービスに対する支払サイト(Credit Term)を原則45日、農業関連の一定のセクターに属するSMEsに対する支払いサイトは30日とする旨のガイドライン(「旧ガイドライン」)を発出しました。


※1 取引競争法第57条(筆者訳) 第57条 事業者が次に掲げるいずれかの態様により他の事業者に損害の発生をもたらすいずれかの行為を行うことは、これを禁ずる。 (1) 不公正に他の事業者の事業運営を妨害すること。 (2) 不公正に支配的なマーケットパワー又はバーゲニングパワーを行使すること。 (3) 不公正に他人の事業運営の制限又は阻害となる取引条件を定めること。 (4) 委員会が告示して定めるところに従ったその他の態様による行為


2 旧ガイドラインの問題点


旧ガイドラインは、その後、官報掲載日(2021年6月18日)から180日経過後(旧ガイドライン第1条)、即ち2021年年末に施行されました(なお、この時、これが独禁法関係の規定であることへの周知が不徹底だったのか、「民法の改正があったようだが」というお問い合わせを複数頂きました。)。ところが、旧ガイドラインは、実際に企業側の知るところになった際のインパクトは、筆者の予想よりも大きかったのです。それは、SMEsの定義を定めた第2条の次の規定にありました(筆者訳。下線は、筆者による強調。以下同じ)。


「中規模及び小規模事業者(Small and Medium Enterprises。すなわちSMEs)」とは、次に掲げる業務の性質を有する事業者をいう。

  1. 200 人以下の従業員を有し、又は年5 億バーツ以下の収入を有する商品の製造

  2. 100 人以下の従業員を有し、又は年3 億バーツ以下の収入を有するサービス提供、卸売又は小売


上記のように、各号において「又は」という文言が存在したため、SMEsが包含する範囲はかなりの範囲に及び、少なからぬ日系企業の取引先のみならず、日系企業そのものがSMEsに該当することになったり、そもそも取引の相手方がこれに該当するか否かをいちいち調べる必要が生じたりして、既存の支払サイトの全面的な見直しを余儀なくされるなど、大きな混乱が生じたのでした。


このような規定は、日系企業のみならず、タイ企業にとっても何かと不便だったのでしょう。取引競争委員会がウェブサイトを通じて2022年3月21日から4月20日までの期間においてパブリックコメントを求めたところ、この点に関する多くのフィードバックが寄せられたようです(そのほかにも、支払サイトの期間自体にも意見が寄せられるなどしました。)。意見の一部の概要を記すと、次のとおりです。

  • SMEsの定義における従業員に関する条件を排除すべきである。

  • いずれも「又は」ではなく、「かつ」にすべきである。

  • 中小事業者であるか否かの判断は、DBD(企業発展局。会社の登記主管部門です。)の情報のみによるべきである。

  • 旧ガイドライン施行前に存在している契約については、その重要性及び自由意思を尊重して、SMEsがより長い期間を望むならばそれを維持すべきである。

  • 大きな親会社の子会社であり、又は国有会社である場合には、SMEsに含めるべきでない。


その他いろいろな意見がありますが、SMEsの定義を巡っては、その範囲が広すぎ、かつ、予測可能性に欠けるので、これを是正するべきとの意見が大勢を占めているように思われます。


3 旧ガイドラインの改正-SMEsの定義の修正

このようなパブリックコメントを受けて、取引競争委員会は、2022年7月6日付の告示を発出し、8月17日付の官報において発布されました。施行日は、官報掲載日から30日後とされているので、2022年9月中旬の施行となります。


3.1 SMEsの範囲の縮小

同告示では、上記のSMEsの定義について、「又は」を「かつ」に修正しており、次のような内容となりました。


  1. 200 人以下の従業員を有し、かつ、年5 億バーツ以下の収入を有する商品の製造

  2. 100 人以下の従業員を有し、かつ、年3 億バーツ以下の収入を有するサービス提供、卸売又は小売


また、これに併せる形で、SMEsが自己がSMEsである旨を証するエビデンスについても若干の文言の調整がなされました。

これにより、ひとまずSMEsの範囲が相当程度限定されることになったと(一応)評価することができそうです。


3.2 経過措置

このようにSMEsの対象が絞られるようになった結果、既に成立済みの契約等についてはどのように取り扱うべきなのか(旧ガイドラインによるべきなのか、新しい定義に従うべきなのか)が問題となります。

この点、今般の告示第4条がこの点について言及しているのですが、少しわかりにくい記載になっています。すなわち、同条は、「(新しい告示の)施行前において取引競争委員会及びその事務局においてペンディングになっている全ての事項は、旧ガイドラインに従うものとする」旨規定されているのですが、これが(a)取引競争委員会が覚知して何らかの措置を講じようとしている事項については従前の規定に従うとする(つまり、そうでない契約等については、新しい告示の施行前に成立したものであっても施行日以後は上記の新しい定義に従えば足りる)趣旨なのか、それとも、(b)より一般的に施行前に成立した契約については旧ガイドラインによるという趣旨なのか、少なくとも筆者においては一読了解ではありません。文字どおりに読めば(a)と解されるのですが、私が経験する限り、このような文言が結局(b)を意味して驚かされたこともあるので、現段階で即断できないのが実情です。

この点、筆者も引き続き運用を見守ることとし、新しい情報があれば本ブログでもご紹介する予定です。


(追記)

上記3.2で提起した問題について、その後、取引競争委員会等へのヒアリングを行ったところ、やはり文理解釈に従い(a)の考え方が採られているようです。

とすれば、取引競争員会が何らかの措置を講じていない契約については、施行日からは新しい基準に従い支払サイトを判断することになると解されます。


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