1 はじめに
日本においても近時の民法改正の中で法定利率についても変更がなされたことは記憶に新しいところですが、タイにおいても、前回記事のとおり、2021年4月9日付の緊急勅令(「民商事法典を修正し、及び補充する仏暦2564年(西暦2021年)の緊急勅令」。以下「本緊急勅令」といいます。)において、法定利率に関する重要な改正がありました。本緊急勅令は、官報による公布日の翌日である2021年4月11日に施行されました。
2 改正の要旨
改正の主要な点は、主として次の2点です。
(1) 債務の法定利率及び遅延損害金の法定利率を従来の年7.5%からそれぞれ年3%及び年5%とする(民商事法典第7条及び第224条の改正)。
(2) 分割払債務において債務不履行があった場合には、遅延損害金の利率は当該不履行の回についてのみ発生するものとし、これに反する合意は無効とする(民商事法典第224/1条の新規追加)。
3 改正の背景
(1) 法定利率の引き下げについて
本緊急勅令に付されている説明によれば、従来の法定利率は実体経済に適合していない状態であったところ、今般の新型コロナウイルス感染症の影響等により多くの国民の債務が増大する状況が出現するに至ったことが、今般の法定利率の低減の背景として存在するようです。
また、当該法定利率の規定は、今後の経済状況等に照らして財務省による3年ごとの見直しが予定されており、銀行の預金金利と貸出金利との間の平均値に近づける旨の指針も示されています(本緊急勅令第3条第2項)。
なお、法定利率が年3パーセントとされたこと及び定期的な見直しが予定されていることは、日本における法定利率を定めた民法第404条の規定との類似性も看取されることが興味深いところです。
(2) 分割払債務における債務不履行時の遅延利息の基礎となる債務の明確化について
タイのウェブサイトでのニュースによれば、従来、分割払債務においていずれかの回に債務不履行が生じた場合には、金融機関は、当該不履行が生じた回に支払われるべき債務のみならず、残債務全部に対して利息を課し、債務者もそのような状況を知らされないまま漫然とそのような利息を受け入れていた状況が存在していたとのことです。
タイ銀行(中央銀行)は、これまでも通達を発出して、金融機関に対してこのような状況を是正する旨協力を要請していたようですが、この点を法律レベルで明確化したのが今回の民商事法典第224/1条の新規追加となります。
4 対象となる債務について
本緊急勅令第6条ないし第8条は、改正・追加された民商事法典第7条、第224条及び第224/1条の適用対象となる債務についての規定(経過規定)を設けています。その内容は、①本緊急勅令の発効後に発生する債務/債務不履行/分割払債務のある回の債務不履行に適用され、かつ、②従前発生した債務及び債務不履行に対しては適用しないというものです。
5 まとめと全文訳
以上のとおり、本緊急勅令は、法定利率の変更及び分割払債務の遅延利息発生対象にかかわる重要な規定です。
多くの場合には、合意により利率/遅延損害金利率を設定することが多いと思われるので、本規定の適用場面は実際にはそれほど多くないのかもしれません。しかしながら、何らかの理由でそのような合意をしていない場合には、本緊急勅令は非常に大きな意味を有することになるでしょうし、タイにおける取引上の利率に関する「公序」のレベル感の把握にも重要な役割を有していると考えられますので、タイビジネスを行う上での本緊急勅令の重要性は、なお軽視できないといえます。
本緊急勅令については、筆者限りの日本語仮訳を行いました。下記のリンクからご参照ください(今後修正する可能性もあり、その際は適宜アップデートいたします。)。
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