1.「古風」なタイの非公開会社法制
タイに設立された日系企業のほとんどは、民商事法典(日本でいう民法及び商法(会社法、手形・小切手法を含む私法典というべきものです。)に基づく「株式会社」(以下「非公開会社」といいます。)として設立されるものであることは、タイ法務にかかわる方ならもはや当然のことでしょう。
ところで、この民商事法典は、全体を通じて古風な規定が少なからず存在しており、非公開会社に関する部分においても、①発起人及び株主が3名以上必要なこと(株主が3名を下回ることは、会社の解散事由になる。)、②(あくまで証拠証券であるものの、)株券の発行を要すること、③第三者割当増資が制度として存在しないこと、④会社の組織再編については、新設合併しか用意されていないこと、といったように、必ずしも現代の会社の様々なニーズに十分応えきれていない状況が存在してきました。そのため、実務上は、様々な適法な迂回的な手段を用いることも少なくなく、果ては覚知される可能性が低いことを踏まえて法律上必ずしも適切でない行為がなされるといった状況も少なからず見受けられてきました。
2. 第23版の公布
このような「不便」な状況は、タイ国内においても問題なしとはされていなかったようであり、改正の議論が久しくなされてきたと聞き及んでます。しかしながら、タイ的な時間感覚なのか、はたまたその他の理由なのか、これらの点についてなかなか改正されることがありませんでした。
そのような中、2022年9月ころに、民商事法典の改正案が国会を通過したというニュースが紙面をにぎわせ、いつ公布されるかが待たれていたところでしたが、2022年11月6日、国王による裁可がなされ、11月8日の官報により第23版として公布されるに至りました。この第23版は、公布日(2022年11月8日)から90日後に施行されます。
第23版は、もっぱら会社法制にかかわる修正であって、上記の問題点のいくつかにも一定の変更が存在する点、日系企業にも極めて重要な意義を有します。次において、特に日系企業にかかわる点について重点的に紹介いたします。
3. まずはココ!―第23版のポイント
3.1 非公開会社における2名の発起人/株主の許容
まず押さえておくべき大きなポイントは、非公開会社における2名の発起人及び株主が許容されることとなった点です。当該改正は、二当事者による合弁会社設立をより容易にするという意味で、重要な意義を有します。
具体的な規定は、次のとおりです。なお、条文番号は、第23版により改正された民商事法典の条文を指します。
1) 発起人について
第1097条 2名以上の人は、基本定款を作成して署名し、及びこの法典の定めに従ったその他の事項を行うことにより、発起して株式会社を設立することができる。
2) 株主について
第1237条第1項(非公開会社の解散事由の列挙部分)
(4) 株主数が減少して1名のみが残ったとき。
※従前の規定は、2名と記載されていました。これが1名となったということの反対解釈として、株主が2名の場合には解散されない=株主2名の非公開会社が許容される、という解釈となります。)
3.2 吸収合併制度の導入
1でも述べたとおり、タイではもともと合併については新設合併しか認められておらず、吸収合併と同様の効果を生じさせるために、事業譲渡を活用するといったスキームを汲まざるを得ませんでした。
これに対し、第23版では、合併について、次のような規定を設け、合併の態様として新設合併及び吸収合併を法定するに至りました。
第1238条 株式会社は、特別決議により合併することができる。
2 2社以上の会社は、次に掲げるいずれかの性質において合併する。
(1) 新たに会社を設立し、かつ、合併に参与したそれぞれの会社が法人格を失う方法による合併
(2) いずれか1つの会社が法人格を維持し、かつ、合併するその他の会社が法人格を失う方法による合併
少し言い回しが迂遠ですが、第2項の第(1)号が新設合併、第(2)号が吸収合併を意味します。
3.3 合併手続の変更
従来、合併(新設合併)手続に際しては、①特別決議及びその旨の登記、②地方紙での公告掲載及び知れたる債権者に対する通知送付(債権者保護手続)、③(新会社設立及び旧会社の抹消に係る)登記手続、というステップを経る旨規定されていました(旧1238条ないし1241条)。
これに対し、第23版では、合併手続に相当程度の変更が加えられました。具体的には、次のステップで行われることになります。
a) 特別決議及び決議後14日以内におけるその旨の登記手続実施(第1239条)
b) 反対株主保護手手続(株式買取)の実施(第1239/1条)
c) 債権者保護手続の実施(特別決議の日から14日以内に知れたる債権者に通知文書作成+広く流通する新聞紙上への公告掲載)(第1240条)
d) 合併前の会社の「株主の会議」における合併後の会社に関する諸事項の審議及び決議(なお、当該「株主の会議」の定足数は議決権を有する株式の半数以上であり、決議は過半数でなされる。)(第1240/1条及び第1240/2条)
e) 合併前の会社の事業、資産、会計帳簿、書類等の新会社の移転(第1240/3条)
f) d)の会議終了後14日以内における合併登記手続の実施(第1241条及び第1242条)
3.4 その他
その他、日系会社との関係で意味のある改正点として、次の事項を挙げることができます。
a) 登記官が基本定款を受理して3年登記がなされなかった場合における、当該基本契約の無効化(第1099条第2項)
b) 会社の印章がない場合における、株券上の押印義務の廃止(第1128条)
c) 電子メディアによる取締役の会議の導入(第1162/1条。ただし、実際には、2020年の緊急勅令で容認されている。)
d) 株主総会の定足数に関する人数的要件(2名以上)の導入(第1178条)
e) 配当金の支払いにつき、株主総会又は取締役の決議日から1か月以内に「完了」させることの明示化(第1201条第4項。従来は、「実施する」としか記載されていなかった。)
4. 残された問題
このように、第23版は比較的大きい改正であり、タイに設立された非公開会社にも大きなインパクトがあるものですが、今回の改正を通じてもなお解決していなかったり、逆に不明な個所が生じたりしたことも事実として存在します。その概要を次に掲げます。
4.1 発起人は、引き続き自然人であることが要求されていると解されること。
改正後の第1097条(上掲参照)は、2名以上の「人」が発起人となる旨定められていますが、この「人」は、従来自然人と解されてきましたが、特に法人を含むという明確な文言が存在しない以上、少なくとも本ブログの執筆段階では、この解釈が引き続き維持されていると考えられます。
なお、筆者が持っているタイ語の解説書によれば、法人が発起人になれないのは、生物でない法人は基本定款に自ら署名することができないからである、という説明がなされています。この点、法人には代表者(タイの非公開会社においては「署名権限のある取締役」)が存在するのでこのような理解が正当性を維持できるのかはなお疑問がありますが、2018年発布の登記部門の規則においては、発起人が法人であることは登記の拒絶事由とされていますので(第4条第1号)、当面はこれに従い自然人が発起人であると理解せざるを得ないと思います。
4.2 組織再編のオプションに、会社分割が含まれていないこと。
今般の改正により吸収合併が導入されたことは大きな前進であると言えますが、会社分割については、引き続き法定されないままとなっています。これは、まずはM&Aのオプションを広げるという方向での改正がなされたからではないかと思われますが、ともあれ会社分割の法制がなされない点、組織再編のバリエーションがなお限定的であるという評価は避けられません。
4.3 用語の不安定性
今般の改正に際して、使用する用語の不安定性が散見されました。特に筆者が注目したのは、次の3点です。
(1) 株主総会の招集通知送付先となる株主の認識方法-「会社の登記」の意義
第1175条では、株主総会の招集通知について、「会社の登記」に存在する株主に対してこれを送付するよう求めています。この「会社の登記」という用語は、従前の第1175条においても同様に使用されているのですが、これが会社に保管されている「株主名簿」を指すのか、それとも登記部門に届けられた株主名簿(BOJ5という様式でなされています。)を指すのかが一読了解ではありません。通常、両者は同一の株主の名称が記載されているはずですが、管理がしっかりしていない会社では両者に記載されている株主が異なるケースも十分想定されるため、意外と問題になりやすいと思います(もっとも、内資会社においては、そもそも会社に株主名簿を作成・備置していないケースもあることを考えれば、あくまでも個人的推測ですが、もしかすると第1175条の規定ぶりは、そのような状況も想定しているのかもしれません。)。
(2) 会社合併に際しての「株主の会議」とは、株主総会と判断してよいのか?
3.3のd)では、株主総会の特別決議の後、改めて新会社に関する事項を審議して決議する「株主の会議」が法定されています。ここでは、あくまでも「株主の会議」という用語を使用しているだけであり、株主総会に相当する用語が使用されていません。
この点、制度としての株主総会であろうとなかろうと、株主が会議を開き決議をするという点で変わりがないので、あまり神経質になる必要はないと思われますが、あえて「株主総会」と述べられていない理由が、少なくとも現状明らかではないことは、なお違和感がぬぐえない点でもあります。
(3) 「取締役会」という用語の出現
非公開会社においては、会社の機関としての取締役会という概念は法定されておらず、あくまでも取締役のみが会社の経営に関する機関として定められているに過ぎません(なお、公開会社においては、取締役会が機関として定められています。)。そのため、従来から非公開会社における取締役会の位置づけが必ずしも良く分からない状態が続いていました(実務上は、非公開会社においても取締役が復数人いる場合には、「取締役」を適宜「取締役会」と読み替えるかのような扱いがなされていると思います。)。
ところが、第23版では、何らの定義づけもなしに第1240/3条及び第1241条に「取締役会」に相当する用語が使用されています。なぜこのような文言が突如現れるようになったのかは、今のところ特段の説明が与えられておらず、その意味するところはなお検討の余地があります。
5. 結語
このように、民商事法典第23版は、日系企業にとっても重要な改正を含みます。
筆者においても、特に新制度については今後どのように運用されていくか、常にウォッチを続け、必要に応じて本ブログにおいてフィードバックさせていただく予定です。
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